後期の講義が終了した。結局一年見たわけだが、一人のデビュー者も出すことはなく、一人も担当はつかず、投稿原稿にアドバイスすることも、学校側にばれて禁止された。
当然のことながら彼らエリート中学受験生は、小学校の先生よりはるかに頭がよく、はるかに多くのことを知っている。
特に理科や数学のような科目ではできる子供は際限なくできるので、小学校の教員の無能さには耐えられなくなる時が来る。
当時ひとりの生徒が「うちの学校の先生はぜんぜんわかってなくて、よく間違ったことを教えるんだ。あんな授業受けたくないよ」と僕に打ち明けてきた。
その時、僕は「馬鹿な人に馬鹿といって自尊心を傷つけてしまうととんだ災難に巻き込まれてしまうことがある。そういうときは先生が馬鹿なことに気付かないふりをした方がいい。理不尽と思うかもしれないが、君が大人になったらきっと今日僕がいったことがわかるようになる時がくる」と答えた。
金融日記「中学受験こそ日本のエリート教育の本流、東大なんてクソ」より
俺自身、小学校時代から底辺レベルを徘徊し、中学高校はろくに行かず、漫画家になり、そして現在にいたるわけだから中学受験の過酷さなど知るよしもない。だが、家族のバックアップを受け、まだ恋愛も女の体も知らないうちに、こんな精神鍛錬を経験できることは非情にいいことだと思う。
少なくとも俺の見た大学生たちは、一、二年でいきなり馬鹿になったわけじゃなく、18年19年かけて馬鹿になった。馬鹿とは自分を律することができない連中のなれの果てである。俺が学生たちを見て、「こいつらは絶対に漫画家になれないな」と思ったのは、「自分との約束を守ること」すらできないからだった。
アシスタントに行く約束を簡単に破り、編集さんに見せるネームの締め切りを破り、投稿しなくてはいけないという決まりすら破る。どんな漫画家が大事にされるか、と聞かれたら、1・売れる漫画家 2・締め切りを守る漫画家 なんだ。オマケに、売れる漫画家の大半が締め切りを守る漫画家なのだ。それは、締め切りを守らない漫画家は売れていても切られて消えてゆくからだ。
学校の友達がゲームをし、野球をし、茶髪オヤジとキャンプに行くのを横目にずっと勉強をしている、それは異常だし、本人もきつかろう。だが、それが自分の道だと決め、目標に向かって邁進する彼らを、誰が笑うことができようか。
たとえ彼らが東大に入り、エリートコースと呼ばれる道に進めなかったとしよう、世の中は理不尽なエントロピーにまみれているので、彼らの将来に暗い影がさすことだってありうる。だが、中学、高校、大学と自分を律し努力をしてきた彼らには、それなりのタフさがある。
そのタフさ、唇を噛んでひとつづつ積み重ねてゆく努力、それを培うのが受験だと思っている。
そこすら勝ち抜けず、負け組人生を送り続けて来た学生たちに、漫画なんて過酷な仕事が勤まるわけはないのだ。
講師は相変わらず辞めていってる。デザインの学部の方は、一度講義をしただけで辞めた先生が十人以上いたという。俺も、こんなに給料に遅配が起こる仕事先では勤め上げることができないから、今年度限りとするけどな。
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